猫山猫太です。
6月18日木曜に上司にやめる事を相談し、そこから
金、土、日と色々考えて、家族とも相談してください。という事だったので、旦那にも話し、いつでも良いのではということにもなったので、9月末と言っていたが、もう心が持たないので、有給消化含め7月末にさせてもらった。そんな訳で6月23日(火)の出勤を以て終わりにした。めちゃくちゃ急だし、自分でもなんで??という気持もある。でもささやかにやり返してやった。いつもバカにしやがって。もっと苦しめ。びっくりした表情も嘘くさい。情けなんてかける必要もない。
ミーティングの最後に報告をして、簡単に挨拶をして、微妙な空気が流れた。みんな私の事などどうでもいいのであろうし、みな白々しく私と話す時だけ辛気臭い顔を浮かべ、その他は普通に話していた。
前の席に座っていた◯6年同じ職場だったおばさんも微妙な顔を浮かべていた。でも所詮その程度の付き合いだったし、もう会うこともない。
帰りに電車に乗る時に、比較的喋る女性と電車一緒になったが、気まずいのか何も話しかけてこなかった。
うわべの付き合いしか、しないタイプなんだろう。
最後の日に、私がずっと担当していた団体の男性が、もうこの団体を辞めたいと代理人を通じて連絡してきた。
6月18日に起こったトラブルが原因だった。なんか変なものを感じた。あの日前後あまりに沢山の事が起こった。私だけではなく限界を感じるようなターニングポイントになってしまったのかもしれない。
出勤最後の日もその件について、最後まで火消しに奔走した。できることはやった。ちなみに私が辞めるのはこの事が原因ではない。
チクチクとつまらない事を毎日毎日指摘され、自分が無能な様に感じたし、いる意味を問われてしまった。
これまではもっと大変な事があってもなんとか乗り切ってこれてしまっていた。ずっとずっと人間関係なんて最悪だったし、刑務所にいるみたいだった。
酷かった。控えめに言って。みんな誰もが顔色を伺いながら過ごしていた。声の大きい奴にヘコヘコ合わせていてほんと酷い場所だった。一体何人辞めていっただろう。
こんなに酷かった所でよく丸⑥年も頑張った。最初1年持たないだろうなと思っていたし、すぐにでも辞めてやると思っていた。
でもそれでも、夜間の電話相談員もやりながら勉強📚️して、沢山の資格取得したし、本当に我ながら頑張ったと思う。誰かに説明する時にきちんと説明できるんじゃないかって思った。
先月パキンと折れた気持は戻らず、半年前に起こった事も戻りはしないし、でももうあのボランティア団体も何かしらの形で終焉するのではないかと思う。関わる人がみな不幸になっていく。そういう組織は残念ながらある。
そんな最中にずっとネットフリックス契約してみたかったが初めて契約して【地獄に堕ちるわよ】をイッキ見した。なんかこう、クヨクヨしていた気持ちが持ち直す感じを体感した。弱いやつは食い物にされるから、騙される前に騙す。強烈な空腹感は人を強くするのかもしれない。
自分の幼い頃を思い出した。
母は今風に言えばネグレクトで金銭管理能力がなく日々その日暮らしだった。家にはいつもお金が無かった。
家は狭く汚く気の休まる場所なんて無かった。
六畳の部屋に3人で寝ていてそこでご飯も食べていた。ものはすぐになくなり、忘れ物ばかりで家はゴミ屋敷。
お金も無かった。父がもらってきた傘ばかり沢山あった。ゲームセンターで父は働いていて、夜の帰りは遅かった。そんなのも嫌だった。でもよく働いていたと思う。姉は高校を中退し定時制に入り直し、大学夜間部に行った。
現実をまっすぐ見るのは本当にいやだったから、よく私は、チラシの裏に私の部屋、家族の部屋という間取り図を書いていた。部屋が欲しかった。自分だけがゆっくりできる場所が欲しかった。
それでも働き始める様になったら、そんな生活からはやっと抜け出せた。自由になるお金があって、自分だけがゆっくりできる場所もある。